2018年8月24日金曜日

ヤコブによる神の儀式 その3

領聖の祝文

それから司祭が朗々と――
父である主の愛、子である主の恵み、聖霊による分かち合いと贈物は、我ら全てと共に。

会衆
そして汝の霊に。

司祭
我らの精神と心を天に向けましょう。

会衆
それは正しく妥当なる。

それから司祭が祈る
実にそれは正しく妥当に、相応しきものとなる。汝を賛美し、汝を歌い、汝を崇め、汝を崇拝し、汝の栄光を讃え、汝に感謝を捧げる為の。見えると見えざるありとあらゆる創造物の創り手、永遠に善くある宝物、命と不死の泉、神にして全ての主なる方に。
天の天にありすべてを司る方に賛美を。太陽、月、星星の歌声を。地と海とそこにある全てを。エルサレム、天上の集いであり、天に記されし始まりの教会を。正しき人と預言者達の霊を。殉教者と使徒の魂を。天使、大天使、座天使、 主天使、権天使、力天使、恐るべき能天使、数多の目を持つ智天使、六枚の羽根を背負い二枚の羽根で顔を、別の二枚の羽根で足を、更なる二枚の羽根で飛翔する熾天使、互いを休む事なき唇で、絶え間なく叫ぶように賛美する者達を。

(司祭)朗々と
朗々たる声で壮麗なる汝の栄光を称える賛美歌を歌わん、叫ぶような声で、讃え、吠え、そして述べん――

会衆
聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、おお万軍の主、天地は汝の栄光に満ちる。いと高き所にホザンナ、祝福された 彼は主の名によって来たる、いと高き所にホザンナ。

司祭が贈物の前で十字を切り、告げる――
聖なるは汝、永遠なる王、あらゆる神聖の主にしてこれを与え給う方。また聖なるは汝の独り子、我らが主イエス・キリスト、汝によって万物を創り給う方。また聖なるは汝の聖霊、万物を、汝の深淵なるものをも見通し給う方、おお神よ。聖なるは汝、全能なる、全く力強き、善き、恐るべき、慈悲に満ち給いし、汝の被造物に誰よりも慈愛をもたらし給う方。土から自らの像と肖1として人を作り給う方。其に楽園の喜びを与え給う方。其が掟に背き去った後、其2を無視せず見捨てなかった方、おお善き方、しかして其を慈悲深き父として罰し、律法によって其を呼び、預言者達によって其を導き給う方。その後汝の独り子、我らが主イエス・キリストを世界に送り給いし方、彼の来たるによりて彼は汝の像を新しく復元し給う。
天から降り、聖霊及び乙女にして神の母3マリアによって肉体となり、僅かな間に人々の間にあり、我らの民族4を救う為の統治を成し遂げた方。十字架において自らの意志によって生命をもたらす死を耐え忍び、罪なき彼が我々の為に罪人となり給いしは、彼が裏切られた、否、世界の生命と救いの為に彼が自らを委ね給うたあの夜に於いてである。

それから司祭がパンを持ち、告げる――
彼の聖にして純粋なる罪なき不滅の手からパンを受け取れ。天に目を向け、彼の神にして父である汝にそれを示さん。 彼は感謝と崇敬を受け、裂かれ、それは我らに与えられた。彼の弟子と使徒が言うは――

輔祭が述べる5
これは罪の許しと終わりなき生命の為。

会衆
アーメン。

それから司祭が杯を持ち、告げる――
このように、晩餐の後、彼は杯を手に取りワインと水を混ぜ合わせ給う。天に目を向け、彼の神にして父である汝の前 にあれ。彼は感謝と崇敬を受け、杯を祝福し、これを聖霊で満たし、我らに与え給う。彼の弟子は告げる、そなた達よ、 皆でこれを飲め、これはあなたと多くの者の為に流された新訳の血、罪の許しの為に分け与えられたもの。

会衆 アーメン。

司祭
これは私に思い起こさせる。そなたがこのパンを食べ、杯を飲む度に、そなたは主の死を思い、彼の復活を告白する、彼が来られるまで。

輔祭
我らは信じ、告白する、

会衆
我らは汝の死を思い、おお主よ、汝の復活を告白する。

司祭(奉納する)
故に記憶する、命をもたらす彼の苦難を、救いの為に彼が架かり給いし十字架を、彼の死と埋葬を。そして彼は三日目に死から復活し、天に昇り、我らの神にして父である汝の右手に座し給う。そして栄光に満ちた恐るべき彼の二度目の降臨において、彼は栄光と共に来たりて生と死を審判し、彼の働きを以て万人に宣告し給う。たとえ我らが罪人であろうと、汝に、おお主よ、慄きつつ血を抜いた犠牲を捧げ、汝が我らを罪を犯した者と見做さず、我らの内にある悪に報いを下し給わぬ事を祈る。
しかし汝は、汝の慈悲と語りがたき親愛によりて、汝の懇願者である我らの罪状を見過ごし、消し去り給う。汝は我らに汝が整えたる(その目は見ず、耳は聞かず、我らの心に立ち入らない6)天上の永遠なる贈物を与え給う、おお神よ、汝を愛する者達の為に。そして、おお愛する主よ、人々を私によって、また私の罪によって拒み給う事なかれ。

それから司祭が三度述べる――
汝を乞い願う汝の民と教会の為に。

会衆
我らを憐れみ給え、おお主なる我らの神、全能の父よ。

司祭が再び述べる(嘆願する)
我らを憐れみ給え、おお全能の神。
我らを憐れみ給え、おお我らの救い主たる神。
我らを憐れみ給え、おお神よ、汝の偉大なる慈悲によりて。我らと我らの捧げし贈物に、汝の全く聖なる霊を賜う事を。

それから首を屈め、述べる――
王にして力をもたらす霊は、我らの神である父、及び汝と共に統治する汝の独り子と共に汝の王座に座り、それらは本質を同じくして7、共に永遠にあり給う。律法と預言者と新訳において語られたるは、我らが主イエス・キリストがヨルダン川に浸かり、住み給う事。及び、ペンテコステの日に聖にして栄光あるシオンの屋上の間8において炎のような舌が使徒達に降りたる事。この汝の全く聖なる霊は送られ給う、おお主よ、我々の元に、また捧げられた聖なる贈物に。

司祭が背を伸ばし、朗々と述べる――
それは来たる、彼の聖にして善く栄光に満ちた現れによって。彼はこのパンを聖化し、汝キリストの聖なる体と成す。

会衆
アーメン。

司祭
そしてこの杯を汝の尊き血と成す。

会衆
アーメン。

司祭、立ったまま
それらは食した者全ての罪の許し、終わりなき命、魂と体の聖化、善き業の果実の実り、汝の聖にして普遍なる、汝が 信仰の岩に建てた教会の確立となろう。地獄の門はそれを打ち破る事なく、あらゆる異端と醜聞、悪を成す者から守られ、時が満ちるまで保たれる。

そして身を屈め、告げる――
我らはまたそれらを汝に贈る、おお主よ、汝のキリストが聖なる現れと汝の全く聖なる霊の訪れによって、汝が賛美し給う祭壇へと。特に栄光に満ちたシオン、全ての教会の母9、世界の隅々まで広がる汝の聖なる、普遍なる使徒の教会は、今でさえ、おお主よ、汝の全く聖なる霊の豊かな贈物の上に建てられている。
また記憶し給え、おお主よ、そこにありし我らの聖なる教父と同胞を、全地にある司祭ら、汝の真なる神の御言葉10を正しく分け与える者らを。
また記憶し給え、おお主よ、全ての都市と国を、そこに住む真実の信仰を持つ者を、彼らに平和と安寧を。
記憶し給え、おお主よ、船上の、旅をしている、異邦人の中にあるキリスト者を。我らの教父と同胞、枷、監禁、捕縛、 亡命の中に、鉱山11、拷問、辛い隷従の中にいる人々を。
記憶し給え、おお主よ、老いて弱った者、病と苦しみの内にある者を。不浄な霊に苦しめられる者に、汝の速やかなる癒やしと、おお神よ、彼らの救いを。
記憶し給え、おお主よ、苦難と苦痛の中にあり、汝の慈悲と助けを必要としているあらゆるキリスト者の魂を。おお神よ、過ちからの帰還を。
記憶し給え、おお主よ、我らの教父と同胞を、重き労苦を背負い、我らの司祭を務める者らを、汝の聖なる名によるを以て。
記憶し給え、おお主よ、善きの全てを。全てに慈悲を、おお主よ、我ら全てと和解し給え。汝の民の多くに平和を、醜聞から遠ざけ、戦に終わりをもたらし、異端の勃興を止め給え。汝の愛と平和を我らにもたらし給え、おお主にして我らの救い主、地の全ての終末における希望よ。
記憶し給え、おお主よ、順調な気候、平和の雨、恵み深き雫、豊かな収穫、御恵みの冠を、汝の善良を以て。汝を待ち望む全ての目の為に、汝が然るべき時に彼らに食物を与え給え。汝はその手を広げて、喜びを以て全ての生きる物を満たし給う。
記憶し給え、おお主よ、果実をもたらす者、神の聖なる教会において立派な働きをする者を。貧者、寡婦、孤児、異邦人、愛を求める人を忘れぬ者を。我らの祈りにおいて言及される事を望む者を。
更に、主よ、この日汝の聖なる祭壇に捧げ物を奉る者らを喜びを以て記憶し給え。また各々がそれらの捧げ物において心に留めた人々を、今この時に汝に向かい合う人々を。
記憶し給え、おお主よ、汝の数多の慈悲と慈愛を以て、汝の卑しく無益な下僕であるこの私をも。汝の祭壇を囲む輔祭達を。寛大に彼らに罪なき命をもたらし、彼らの司祭を罪無きに保ち、彼らの為に善き位を手に入れ給う事を。我らが慈悲と恵みを見いだせるように、世界の始まりから幾世代に渡り、汝をよく喜ばせたあらゆる聖人において。遠き父祖、 父祖、主教、預言者、使徒、殉教者、告白者、教師、聖人、及び全ての正しき魂は汝キリストへの信仰によって完全と なった。
栄えあれ、マリア、殊に好まれたる、主は貴女と共にある。貴女は女性の中で祝福され、貴女の子宮による果実も祝福され給う、貴女が我らの魂の救世主を産み給うたが故に12


輔祭 我らを記憶し給え、おお主なる神。

司祭が屈み、述べる――
記憶し給え、おお主なる神よ、我らが記憶する者、記憶しない者、公正なるアベルから今日までの、真実の信仰を持つ者の、その魂と全ての肉体を。かの地に住まう彼らに安息を与え給え、汝の王国に、楽園の喜びに、アブラハム、イサク、ヤコブ、我らが聖なる教父の胸中にある者に。痛み、悲しみ、嘆きから解放され、
汝の顔の光が、永遠に彼らを照らす処にある者に。13
我らキリスト者の生命の終わりを、相応しき、罪のない、平和の内にあるものと成し給え、おお主よ。我らを共に集わせ給え、おお主よ、汝が選びし者を汝の足元へと、汝が望む時に、汝が望むままに。恥と逸脱の無き事を、汝の独り子、 神にして主である救世主イエス・キリストにおいて。彼は大地にあったものの内、唯一罪なきものであり給いし故に。

輔祭 そして祈ろう――
全世界の平和と安定の為に、神の聖なる教会の為に、各自が贈物を捧げた者、その際に祈念した者の為に。ここに立つ人々、そして全ての男、全ての女の為に。

会衆
そして全ての男、全ての女の為に。(アーメン)

司祭朗々と述べる
彼らと我ら両方の為に、汝が汝の善良と愛においてなし給わん。

会衆
許し、弱め、赦免し給え、おお主よ、我らの逸脱を。自らに依りて及び依らざる、知りながら及び知らざるの故に、夜と昼に、思いと意図によるものを。汝の善良と愛において我らの逸脱全てを許し給え。

司祭
恵みと慈愛と愛をもたらすは汝の独り子、汝によって祝福され賛美され給いし方、汝の全く聖なる、善き、力をもたらす霊と共にあり給う方による、今もいつも永遠に。

会衆
アーメン。

司祭
皆に平安を。

会衆
あなたの霊にも。

輔祭
再び、続けて、平和の内に主に祈ろう。
主である神がもたらし聖化し給うた贈物を、高貴にして、天の、語り難き、純粋なる、栄光に満ちた、恐るべき、凄まじき、神のものの為に。
祈ろう。
我らの神である主が、聖にして天上にある彼の祭壇へと寛大にもそれらを受け取り給う事を。理性と魂は、甘き魂の救い主の香りによって、神の恵みと全く聖なる霊の贈物を我らへの返答として見出すだろう。
祈ろう。
信仰の繋がりの為に、彼の全く聖にして崇敬される霊との交わりの為に祈ろう。
我ら自身とお互いを、我らの生命全てを委ねよう、我らの神キリストに。

会衆
アーメン。

司祭が祈る
神にして我らが父なる主、神であり救世主たるイエス・キリスト、栄光の主、祝福されし本質、惜しみない善良、神にして全ての王、全てを永遠に祝福し、ケルビムに座り、セラフィムに賛美され、幾千年も前から立ち、幾万年も前から天使と大天使を率い給いし方。汝は贈物、捧げ物、甘き霊の匂いである香として汝に捧げられた果物を受け取り、これらを喜び、聖化し、完全とし給う。おお善き方、汝のキリストの恵みと、汝の全く聖なる霊の現れによって。

(司祭)朗々と
我らを持ち主として数え給え、おお愛する主よ、大胆さの、純粋な心の故に罪に定まる事なき、悔恨の魂の、聖化された唇の。敢えて名を呼ぶ為に、汝、聖なる神、天の父の。そして述べる。

会衆
天におられる我らの父、汝の名は聖とされ、独唱において在り給う。

司祭、屈んで述べる(声を詰まらせ)14
我らを誘惑に陥らせ給うな、主、あらゆる主人の主よ。我らの弱さを知り、邪悪なるものとその行いから、その悪意と狡猾さから救い給う方よ。我らのへりくだりにおける、汝の聖なる名によりて。

(司祭)朗々と
王国と、力と、栄光は、父、子、聖霊たる汝のもの。今もいつも。

会衆
アーメン。

司祭
皆に平安を。

会衆
あなたの霊にも。

輔祭
頭を屈めて主に祈ろう。

会衆
汝に、おお主よ。

司祭が祈り、このように話す――
汝よ、おお主よ、我らは汝の祭壇に頭を垂れる汝の下僕にして、汝による豊かな慈悲を待ち望むもの。 下し給え、おお主よ、汝の大いなる慈悲と祝福を。我らの魂、体、霊を聖化し、汝の聖なる神秘を受け取り食するに相応しき者と成し給え、罪の許しと終わりなき命の為に。

(司祭)朗々と
崇拝と賛美は汝の為、神、汝の独り子、汝の全く聖なる霊に、今もいつも。

会衆
アーメン。

司祭、朗々と述べる
聖にして本質を同じくするは恵みと慈悲、作られしに非ず、崇拝さる三位一体、我ら全てと共にあり給う。15

会衆
そして汝の霊と共に。

輔祭
神への畏れにおいて、目を向けよう。

司祭、密かに述べる――16
おお聖なる主、聖なる場所に住まう方は、汝が慈悲の御言葉17、及び汝が全く聖なる霊の訪れによりて我らを聖化し給う。汝において、おお主よ、述べ給うは、そなたらは聖となる、私が聖であるようにと。おお主なる我らの神、測りがたき主の言葉、父及び聖霊と本質を一にし、共に永遠にあり独立なる方よ、汝の聖にして血を抜いた犠牲における純粋なる賛美歌を受け取り給え。セラフィムとケルビムと共に、罪人なる私は叫んで言う――

彼(司祭)が贈物を掲げて朗々と述べる
聖なる物は聖なるへ。

会衆
聖なるはただ一人、一人の主イエス・キリスト、父である神の栄光にあり、永遠に栄光を与えられ給う方。

輔祭
罪の許し、我らの魂の和解の為に、苦難と苦痛の中にある全ての魂、神の慈悲と助けを必要としている人々の為に、過ちからの帰還、病からの癒やし、捕縛からの解放、既に眠りし教父と同胞達の安息の為に。 皆で熱意を以て言おう、主よ、憐れみ給え。

会衆(十二回)
主よ、憐れみ給え。

それから司祭はパンを裂き、右手に半分を、左手に半分を持ち、右手を聖杯に浸けて、述べる――
我らの主にして神であり救い主である、イエス・キリストの全く聖なる体と尊き血の結合。

それから彼は左手で十字を切り、もう片方にも切る18。それから速やかにこれを分け、全てを各々の聖杯に一欠片とし て入れる前に、述べる――
それは一つになり、聖化され、完全となった。父と、子と、聖霊の名において、今もいつも。

パンの上で十字を切る時、述べる――
見よ神の子羊、父の子、世界の罪を除き給う方は、世界の生命と救いの為に犠牲となられた。

一欠片を各々の聖杯に入れて、述べる――
キリストの欠片、恵みと真実に満ちた、父の、聖霊の、全く永遠なる栄光と力である方の。

それから分割を始め、述べる――
主は私の羊飼い、私は乏しい事はない。緑の牧野において、云々。19

それから
私は常に主を称える、云々。20

それから
私は汝を崇め奉る、我が神、おお王よ、云々。21

それから
主を褒め称えよ、汝の全ての国よ、云々。22

輔祭
司祭様、祝福を発して下さい。

司祭
彼の純粋な贈物が交わるによって、主は我らを祝福し給い、過ちから遠ざけ給う、今もいつも。
それから
おお主の善きを味わいそして見よ。彼は分かれて分けられず、信仰ある者に分け与えられ尽きる事がない。罪の許しと終わりなき生命の為、今もいつも、永遠に。

輔祭
キリストの平和の内に、歌おう。

聖歌隊
おお主の善きを味わいそして見よ。

司祭が交わり23の前の祈りを述べる
おお主なる我らが神、天のパン、全世界の生命。私は天に対し、汝の御前で罪を犯した、汝の純粋なる神秘を食するに相応しくない者。しかし慈悲深き主として、汝の恵みによって私を相応しき者と成し給え、罪に定められる事無く汝の聖なる体と尊き血を食すに、罪の許しと終わりなき生命の為に。

それから彼は聖職者に分け与え、輔祭が円盤と聖杯を会衆に分け与えている際に、最初の円盤を持った輔祭が述べる――
司祭様、祝福を発して下さい。

司祭が返答する――
神に栄光あれ、我ら全てを聖化し給えてまた聖化し給う方に。

輔祭が述べる――
汝を崇め奉ります、おお神よ。天の上にあり、汝の栄光は全地に満ち、汝の王国は全く永遠に存続します。

ここで領聖が行われる

1 image and likeness、ギリシャ語ではεκώνἰ とμοίωσιςὁ 。一般的には「似姿」という訳語で知られていますが、 ここでは日本正教会に倣って「像と肖」と訳しました。というのも直後に「像」のみが復元されたという記述があり、「似姿」で二つまとめてしまうと宜しくないのです。
2 英語ではheですし彼と訳するべきなのですが、ここではイエス・キリストを示す大文字のHeを「彼」と訳しているのでこんな漢字を使う事になりました。ここでの其はアダムの事です。
3(原文注)この記述はニケア公会議以降のもの。
4 これが二回目の「民族」です。
5 原文注によると、ここは司祭がそのまま続ける所であるにも関わらず、輔祭が突然乱入しているとの事。言われてみれば。ワインに関しては司祭が通してやってますし。
6(原文注)カッコ内はエディンバラ版による根拠薄弱な挿入。
7(原文注)ニケア公会議以降の挿入、ただし適切な。
8 英語ではUpper room。手元の聖書に倣って「屋上の間」と訳しましたが「二階」と訳されたりもするそうです。「使徒言行録」においてペンテコステが起きた場所の事。
9(原文注)このエルサレムへの尊称は381年の第1コンスタンティノポリス公会議によって認可。
10 ここのThe wordはギリシャ語でもτον λόγονとあり、「御言葉」=キリスト…と言いたいのですが、文脈上は福音とも取れるので何とも。なお英語とギリシャ語の双方で「御言葉」を確認できたのはここだけです。
11 英語ではmines。ギリシャ語もμέταλλοです。
12(原文注)このマリアに関する下りは改ざん。
13(原文注)この祈りは原初の考えに完全に一致します。
14(原文注)原初期の全ての儀式は以下を主の祈りとし、邪悪なるものに対する請願を強調しています。それらは彼らの名に因んで「炎の矢」と烙印されていました。
15(原文注)他のギリシャ文献からの複写。
16(原文注)この贈物に関する箇所はエディンバラ版による誤った挿入。
17 ここのthe wordはギリシャ語で該当する箇所を発見できませんでした。誤挿入らしいですし。
18 おそらく聖杯に浸かっている方のパンだと思われますが自信はありません。
19(原文注)詩篇23。
20(原文注)詩篇34。
21(原文注)詩篇145。
22(原文注)詩篇117。
23 この「交わり」とはキリストの体と血であるパンとワインを食べて彼と一体化する、という事です。

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