第一章 はじめに天王星と海王星があった
・美少女戦士セーラームーンS(94)
大体あのお二方のせい
日曜五時、小中学生を狙って社会現象までになったアニメで
同性愛者であるという言明「だけ」はしていないものの
二人だけのどう見ても…という描写を地上波でこれでもかと重ねた(Sだけに)
セーラーウラヌス天王はるかと
セーラーネプチューン海王みちる
二人は世界を作り変えた絶対的な力です。
勿論これ以前にも同性愛描写を含む作品はありましたし、
また百合妄想やその具体化である二次創作も存在していたのですが。1
地上波、しかも日曜五時という幼稚園児や小中学生が見ている時間帯で
ギリギリを攻めて大当たりしたのはこの作品が初めてです。
今日では想像し難い絶対的な人気があった地上波のテレビで、
(後には日本に限らず、世界全てに対して)
後に百合として理解されるものが白昼堂々と描かれる。
アニメの力が世界を吹き飛ばした一つの具体例だ、とさえ言っていいでしょう。
この前後で全てが変わりました。
アニメ、漫画に限らず、女性同士の同性愛を描いていい、描けば当たる!
という確信が視聴者2と製作者に刻み込まれたのです。
これ以後、製作側がどこかしらに同性愛を匂わすのが珍しくなくなり、
見る側も女性同士の間柄に特別なものを探っていいんだ、と思うようになりました。
この威力は今日においても一切衰えておらず、
20年以上経った今も高品質な二次創作が数多く作られていますし、
2016末には世界一スケートの上手い(ちょっと腐った) ロシアの女の子が
微に入った再現を決めつつ氷上でコスプレして話題になりました。
第二章 百合というかレズというか、そんな怒涛の何か
副題をつけるなら、セーラームーンSと元祖百合ラノベの間に
この後更に限界を攻めた
・カードキャプターさくら(96、アニメ98)
・少女革命ウテナ(97) 等の大当たりもあり、
女性同性愛は特にサブカルチャー3においてあっという間に一定の地位を得ました。
というより破壊力で既成事実として世界に割り込んだ、
と書いた方が正確かもしれません。
大ヒットした
・新世紀エヴァンゲリオン(95)等でもレズビアンが登場していますが、
それ自体は特に話題にもならなかったのを覚えています。
だって今でもあの二人に比べれば大体何だってぬるいし…
またこの頃男性向け18禁ゲームでもレズを匂わせたり、
あるいは直接に描いた作品なども現れます。
有名所だと
・アトラク=ナクア(97)
・kanon(99)とか。
…「男性向け」とは書きましたが女性ユーザーも絶無だった訳ではなく、
例えばこのアトラク=ナクアであるとか、
後述のLeaf、Key、Type-Moon作品(まとめて葉鍵月とも)等を起源とする
女性百合ファンも存在しています。
特に月はfate/stay night(02)で捕まえたファンをEXTRA(10)やgrand order(15)等で
更に増やして現在進行形で熱いジャンルになっていますが、
その中には20年近い経歴を持つ女性ファンもいます。
百合好きも薔薇好きもNL好きもそれ以外も。
…ただ何分「男性向け」なので、当時の敷居はとてつもなく高かったのですが。
一方この時点でも、萌え作品での登場人物同士の繋がりが強くて
「あれ、これ主人公の男いらないんじゃね??」という受取り方をする人々が
ぽつぽつ現れていました。
セーラームーンであの二人が自分たちの世界を作っていたように。
・To Heart(97)以降のLeaf
・ONE ~輝く季節へ~(98)以降のKey
・月姫(00)以降のType-Moonなどは
それはもう激烈に二次創作が流行りましたが、その中には主人公の影が薄いものや、
女性だけで描かれるものもありました。
直接に同性愛を描いたものだけを見れば少数ですが、
友達や姉妹の情愛、先輩後輩関係、ライバルのぶつかり合い、
キャラの魅力を活かしたネタなど、
後に「百合」妄想の起点として認識されていくものも含めれば視野は一気に広がります。
この場合主人公は語り部やツッコミ役に回り、
性別は男でも女でも問題ではなくなります。
これが後日、
男性不在の作品が男性ファンに当たる遠因になっていったと私は考えています。
東方シリーズへは葉鍵月から直接流れた者もいますし
(勿論彼ら全員が百合を志向したわけではない)、
他にも女子校もの、日常系、女性主役の戦闘ものなど…
そして二次創作は二次創作を生むものです。
単純に面白かったり強烈なネタだったりすれば他の作者や読者もそれに続いていきます。
一度生まれたものは何度でも再生産され、膨らんでいくのです。
その中にはレズネタであったり後に百合として再定義されるネタもありました。
この時点では主に味付けであった百合ネタは、
しかし年月と創作を重ねる毎に、雪だるま式に需要と供給を拡大していきます。
故に私は思うのです。
しばらく後に爆発する事になる、百合ジャンルへの男性人気は
90年代後半には既に胎動していたのではないか、と。
とはいえこの時点では、あの二人から始まる衝撃は、
肉体関係として描かれるものと精神的な繋がりとして描かれるものとには
まだ分化しきっていなかった筈です。
この女性と女性の精神的な繋がりへの、当時の言葉では「萌え」、今だと「貴み」、
しかしある作品をきっかけに具体化するのでした。
第三章 タイが曲がっていてよ
そこにあった花は「百合」6だった
・マリア様がみてる(98)、通称マリみて
元々少女向けに書かれたこの作品、
・主人公が女の子
・重要人物が全て女性(男性も登場はするが影が薄い)
・物語の主軸は恋愛感情ではなく憧れ
・同性愛者は少数。舞台もミッションスクールだし
・「お姉さま7」「ごきげんよう」といった言葉の飛び交う特殊な空間
・男性には縁の遠いコバルト文庫からの出版
なのに男性にも大当たりしたのです。
百合ジャンルの歴史において、小説という読者の限られた媒体
(4年後にアニメ化もされますが大当たりとはいきませんでした)で、
これ程までに絶大な影響を及ぼしたのは現在この「マリア様がみてる」だけです8。
ミッションスクールの生徒会という、女性だけの特殊な空間
恋愛感情だけでない、もっと多彩な精神の繋がり
肉体関係は一切無くてもいい
…同性愛とは違う、しかし緊密で繊細な心の繋がりにも、
「百合」の香りが存在するのだという事を探り当て、
ライトノベルとして大ヒットしたのがこの「マリア様がみてる」でした。
親愛、憧憬を中心としつつ、読者にはもっと踏み込んだ関係を妄想させる、
「ソフトな百合」と形容されたこの作品は、後の百合に絶大な影響を及ぼします。
極言すれば 「マリみて」で女性同性愛から「百合」と呼ばれる概念が分化、
確立したと考えてもいいでしょう。
同性がキス以上の肉体関係を匂わせると多くの人々はたじろぐのですが9
「マリみて」 のヒットでそこまでしなくてもよくなります。
性欲、ないし肉体の接触が背景の奥に収まる事で、
書き手、受け手共に「百合」の裾野が一気に広がりました。
極端な例を出せば、視線が合ったとか、同じ空間にいたとか、
たったそれだけの接触でも「百合」のときめきを描ける事がここで判明したわけです。
ただ、今日における「百合」という概念程にははっきりしていませんでしたが、
この言葉で示されるときめきはかなり昔から存在していました。
私が知っている作品だと、
1908年の・赤毛のアンまでは遡れます。
今原作やアニメに触ると主人公アンとその親友ダイアナの間柄に
「百合」を見出す人もいるでしょう。
かくいう私もある日何となく読んでん、え、んんんんっ?! となったりしました。
まあ、二作目以降では大方の予想通りにアンとギルバートがくっつくんですけどね。
第四章 女の子は男の子、男の子は女の子?
昔はネカマって言葉があったんです
今では存在が当たり前になりすぎて名前が消えてしまいましたが
と同時に「マリア様がみてる」などのヒットで、
男性キャラの影が限りなく薄くても男性は食いつく、という事に世間が気付きました。
セーラームーンにはとても目立ちかつ話にも大きく関わる
タキシード仮面さま10がいたのですが、彼のポジションは別に無くても良かったわけです。
ある高校における個性的な女子高生達の生活を4コマにし、
・特定の主人公がいない
・登場人物の殆どが女性
・波乱とかも特に起こらない
という、後に「日常系」と呼ばれるジャンルの嚆矢となった
・あずまんが大王15(99)11
男性ファンの比率が多いシリーズにおいて女性主人公の一人、
アイビス・ダグラスの人間関係がほぼ女性だけで完結するという大冒険をやらかし、
しかも好評を博した
・第二次スーパーロボット大戦α(02)
後に絶対的な巨大ジャンルとなる、「幻想郷」と呼ばれる不思議な世界を舞台とした
登場人物が全員(見た目は)少女12の同人ゲーム、東方projectのWin版第一作
・東方紅魔郷(02)
その外伝であり、音楽と僅かなテキストと二人の少女だけで展開される13
近未来SF秘封倶楽部シリーズの第一作
・蓮台野夜行(03)
業界初の百合専門誌となり、後継の「百合姫」が今日も百合人気を支えている雑誌
・百合姉妹(03)の刊行
等々、女性だけで完結する物語が男性の間でも着々と当たり始めていきます。
また様々な作品で、女性が二人もいれば百合妄想に走る者も現れていきます。
例えば女子だけの学級に男の子の先生が赴任する
・魔法先生ネギま(03)
で女子同士の間柄に百合を見出す男性は珍しくありませんでした。
この妄想は801に似て…いるとも言い切れません。
00年代前半頃から、ラグナロクオンライン(02)等の色々なMMOが流行り始めますが、
そこで女性を演じる男性もかなりいました。
おそらく昔も今も、男を演じる女性よりも女を演じる男性の方が有意に多い筈です。
更には現在、女性キャラのアイコンでtwitterしてる男性とかはそれこそ無数にいます。
実の所、女性キャラの目線で物語に入っていくのに苦労しない男性は多いです。
・アルプスの少女ハイジ(74)
で主人公ハイジや車椅子のクララとかに共感する男の子もいたでしょうし、あるいは
・スレイヤーズ(89)で主人公の少女リナ・インバースの詠唱を真似した少年も
たくさんいました。
とても乱暴な言い方をすれば、
男性向け作品で描かれる女性キャラと、
女性向け作品で描かれる男性キャラだと、
訳が分からないかもしれませんが、そういうものだと思って下さい。
それを踏まえて、登場人物ほぼ全てが女性で、少年漫画みたいな展開をしていく作品が
(最初は主に男性を目標として)作られ、多数ヒットしていくのですが…
これらの作品が少年漫画由来のBL妄想を得意とする女性にも当たるという、
すごくややこしい現象が後で発生したりします。
一方、傍観者や語り部として物語を眺める男性も勿論います。
自身の延長としての女性キャラによる百合と、
語り部として女性キャラ同士の間柄を眺める百合は、
90年代末には既に両方存在していました。
どちらが多いのか、また以後増えていくのかまでは分かりませんが。
1 実は当時百合人気があったのはこの二人だけでなく、
他のセーラー戦士達の間柄で百合妄想していた人も結構存在したそうです。
というかこの文章を書いた時点で最新のC94でも刊行されてました。
2 女性が中心かと思われるかもしれませんが、こっそり見ていた男の子も結構いました。
当時は大っぴらには公言できなかったのですが。
3 ここではアニメ、漫画、ライトノベル、ゲーム等をまとめてこの名前で呼びます。
4「萌え」は死語になりましたし「貴み」は現在男性には通じにくいので。
とはいえ、私も文章書きのはしくれなので流行り言葉を作りたいという野心もあります。
5 ちなみにこの感情は801のそれに極めて近いのですが、
男性側がそれを理解し始めるのは大分後になります。
2002年にヤマジュンが一部で話題になり、
これ以降男性が徐々に男性同性愛をネタとして受け取れるようになった事で、
かなり時間をかけて抵抗感が薄くなっていきました。
今では男性も「他国にない」のように、実在する男性同士で妙に仲が良い様に
男性同性愛を絡めて遊ぶようになりましたが、
生理的な抵抗感がある人はやはり存在する事、
そしてその感覚はどうにもならない事は覚えておいて下さい。
6 ただし「百合」も「薔薇」も、元々は直接に同性愛を指す隠語として使われていました。
マリみてがヒットした結果、どちらも元とは違う意味を帯びていきます。
7 勿論少女が敬愛する女性を「お姉さま」と呼ぶ作品はこれが元祖ではありません。
男性向け作品だとトップをねらえ!(88)であるとか。
8 漫画も含むと『ひだまりスケッチ』も入ってきます。
11 ちなみにこの作品にも級友の背の高い少女に憧れる少女がいたり。
12 後の『東方香霖堂』(03)で男性も一人登場します。
ほぼ黒一点という事もあり、二次創作の彼は何とも色々な扱いを受ける事となりました。
13 しかしC94で秘封倶楽部シリーズの更に外伝がゲーム化されるという事態に!
流石神主、俺達に出来ない事を平然とやってのける!
そこにシビれるあこがれるゥ!!
14 ただし2017年現在アイドルマスターSideMがそこに風穴を開けつつあります。
かの作品におけるアイドル、及びプロデューサーの男性は
少なくない男性の共感を集めている模様。
とはいえ、男性向け女性向けで分けない事は作品自身が強調しています。
現在は女性人気が強いというだけ。
15 更に2017年9月、女性向けとして始まったヒプノシスマイクが
微妙に男性にも当たりつつある…ような。大当たりとまではいかなさそうですが。
16 ちなみに2017年末の時点において、
一番多くの男性が視点を共有しているであろう女性キャラは
おそらくいつでも男女を切り替えられるFate/Grand orderの主人公かなと。
次点は同じくいつでも性別が変わるグランブルーファンタジー(14)の主人公。
…余談ですが、グラブルの女主人公は男性向け二次創作でかなり人気があります。
その理由を探ると色々出てくるかもしれません。
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